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やっぱりオンリーワンは強い?

by yoshimura1212 last modified 2008-11-11 23:10

病態代謝研究会40周年に寄せて

病態代謝研究会40周年おめでとうございます。私は平成7年に久留米大学で教室をスタートさせて以来、本年まで実に14年間にわたって病態代謝研究会の研究助成金にお世話になってきました。3年連続してもらったら1回休みというルールになって以来途中数回の休みがありましたが、ほぼ毎年のように研究費をいただくことができ、これまでの私の研究のすべてが病態代謝研究会に支えられてきた、といっても過言ではありません。特にSpredに関しては他からの助成が少なく病態代謝研究会からの支援は本当にありがたいものでした。この間九州大学、慶應義塾大学と場所を移しましたが、14年ですからずいぶん長く同じテーマを追い続けたものだと我ながら感心します。同じテーマを追い続けるとどうしても華やかな時もあれば下火の時もある。しかし続けることが重要なのだと最近思い至る出来事がありました。
我々は2001年にSpredをRas/ERK経路の抑制因子としてNatureに報告しました。名前は末広がりのSpreadにあやかってつけたのに、なかなか多くの研究者に浸透しません。ノックアウトマウスの表現型が多様で華々しくなかったせいかもしれません。またERKの生化学的な抑制の分子機序が必ずしも明確ではない、ということも一因かもしれません。それでもコツコツと抑制メカニズムやSpred1/2のダブルノックアウトでみられるリンパ管形成の異常などの解析を行ってきました。他に追いかけてくるグループもなくSpredに関しては我々がオンリーワンという状態でした(ロンリーワンというべきか?)。オンリーワンであってもメジャーでなければ続ける意味があるのか?研究費(Spredではなかなか研究費をもらえませんでした)やSpredに割ける人員の問題もあり何度もSpred/Sproutyファミリーの研究は終了しようと思いました。
そうこうするうちに2006年秋にベルギーの研究者から突然メールが舞い込みました。自分たちはSpred1にヒト家族性変異を見つけた、ついては変異体の生化学的な解析を分担して欲しいと。その変異とは神経繊維腫症でした。この疾患の原因遺伝子としてはneurofibromin(NF-1)がすでに知られています。彼らはNF-1に変異の見つからない家系にSpredのmutationを見つけたのでした。NF-1はRas-GAPでありRasを活性型から不活性型に転換する、すなわちRas/ERKの抑制因子です。Spred1も全く同じ作用点をもつと考えれば神経繊維腫の原因となって不思議ではありません。しかし実際にヒトの疾患でSpredが原因遺伝子であることが判明し、これまで積み上げてきた「Spred1はRas/ERK経路の抑制因子である」、という説が疑いの余地なく証明されたことは、我々にとって大変感慨深いことでした。我々のやってきたことは間違いではなかったと。この共同研究の成果は2007年にNature Genetics誌に掲載されました。
私は久留米大学から九州大学へ移動する2000年に、免疫学界のなかで”独創性とは何か”という論争を巻き起こしてしまいました。当時は天狗になっていたのかもしれません。日々うまずたゆまず努力すればメジャーでナンバーワンになれる、誰にでもそのチャンスは訪れる、自分がそれを証明してみせる、と豪語し関係各方面よりひんしゅくを買いました。今思えばなんて不遜で恥ずかしいことを言ったのだろうと思わずにはいられません。その後の8年間の自分の歩みを振り返ると、メジャーをめざしながら果たせず結局本庶先生の言われるオンリーワンを地でいく形になってしまいました。しかし”継続こそ力”の言葉通り長く続けたらこそ、結果的にはそれが重要な共同研究を呼び込み疾患原因遺伝子の発見というヒットにつながったのだと思います。Spredはまだとてもメジャーデビューとはいきませんが、オンリーワンも続ければいつかはナンバーワンになれるチャンスがあるような気がします。はやり本庶先生は正しかったのだと再認識せざるを得ません。このような持続的な研究を支えていただいたのが病態代謝研究会に他なりません。あらためて深く感謝いたします。今後は微力ながら研究会の発展に何らかの形で恩返しができたら、と思っております。最後に病態代謝研究会のますますの発展を祈念いたします。

追記;しかしオンリーワンが認められるためには継続した努力が必要であることは言うまでもないこと。私が言いたかったことは凡人が日夜努力することの重要性であって創造性の本質とは関係ない。オンリーワンを見つけることも、オンリーワンをナンバーワンにすることも、ともになまやさしいことではないだろう。