この10年間の歩みと今後について
内藤財団時報83号寄稿
平成11年度に内等記念科学奨励金(研究助成)をいただいた。それから数えてもう10年になろうとしている。この間に平成13年1月に久留米大学分子生命科学研究所から九州大学生体防御医学研究所に、そして平成20年4月に慶應大学医学部に異動した。まさに激動の10年だったが、これについては本時報82号3たびの引っ越しに記したのでご参照いただければ幸いである。
我々は1997年にSOCSを、2001年にSpredの遺伝子クローニングを行いともにNature誌に報告した。SOCS1はJAKに結合するインヒビターとして、SpredはRas/ERK経路の抑制因子として発見した。その後の私の研究の歩みはまさにCIS/SOCSファミリーとSpred/Sproutyファミリーの発展に他ならない。これらの業績によって昨年持田科学財団より学術賞を、日本生化学会より柿内三郎賞をいただいた。何ごともこつこつと続けることが重要なのだと改めて感慨無量だった。
久留米大学では研究施設も人手も足らず、遺伝子のクローニングと生化学的な解析、つまり分子細胞レベルでの研究を主に行った。九州大学に異動したことで、施設的にも資金的にもノックアウトマウスを作成し大々的に個体レベルの解析を行うことが可能になった。この技術と多数の大学院生のおかげで多数の論文を発表することが出来た。例えばSOCS1はImmunityに、SOCS3のマクロファージでのノックアウトはNature
Immunologyに、神経系でのノックアウトはNature Medicineに、Sprouty2のノックアウトはNature
Neuroscieneceに、とtop
journalに出せた論文のほとんどはノックアウトがらみである。これらの仕事で負の制御系の生理的病理的な意義を明らかに出来た。
CIS/SOCS,Spred/Sproutyともにサイトカインや増殖因子の負の制御因子であり、リン酸化酵素や転写因子などの正のシグナル伝達経路が光とすればこれらは影のような存在である。私も野村監督(楽天)のいう『月見草』なのだと思う。しかし疾患との関係でみると影の部分の役割は実に大きい。例えば多くの免疫疾患はシグナルが過剰に入りすぎることで起きる。それは調節系の異常による場合も多いことがわかっている。逆に言えば負の制御系があるからこそ、例えば消化管など細菌の巣窟でありながら通常は深刻な疾患にならないのだ、とも言える。そういう目で見ると実はまだ影のシグナルと生理的な意義は不明なことが多い。現象はわかっていても分子機構が十分わからないものは多く、IL-10やTGFβなどの抑制性サイトカインをはじめ枚挙にいとまがない。
しかしこのままノックアウトと病態モデルでいいのか、という思いは常にあった。ノックアウトでは何かが足りない。ノックアウトマウスの表現型の説明はどうしても既知のメカニズムに依存してしまう。そこに既存の考え方を打ち破る大きなコペルニクス的な転換は生まれにくい。次第にノックアウトに依存しない新しい展開が必要だと感じるようになってきた。そこでこの春、心機一転慶應義塾大学に異動した。同時に科学技術庁のCRESTに新しい研究課題を提案し採択された。それは『細胞内シグナル制御による免疫リプログラミング』である。アレルギーや自己免疫疾患はヘルパーT細胞がエフェクターやメモリーに分化するために起こる。そこでヘルパーT細胞の分化をリセットして初期状態にもどし、教育しなおせばよいのではないか、という全く新しい発想である。慶應義塾大学には岡野教授や須田教授など再生や幹細胞の大家がいるのでこのような新しい分野を始めるにはきわめてよい環境と思われた。といっても最近免疫学のjournalでもreprogramingという言葉がやたら目につくようになったので、同じことを考えている連中は多いようだ。自分も含めて、これらは明らかに山中教授のiPS細胞の影響があると思われる。まだ具体的な成果があるわけではないが新しいことを始める時はいつでも胸が躍るものである。先陣を切ることで誰もが考えた陳腐なアイデアと言われないように頑張りたい。