院生へのメール07.06.13
変化を躊躇しているひとへ
変化を嫌うひとも多いと思う。それは学生に限らず若い人に往々にしてありがちなこと。私も大学4年生の時に指導教官が突然なくなって京大の院にすすむか阪大に行くかだいぶ迷った。結局冒険ができなくてそのまま同じ研究室に残り、案の定指導教官がいなかったので大変苦労をした。もちろん阪大にいったらよい思いができたかどうかはわからない。変化があるときはヒトは意外と未知の方向に進めないものだ。残っても大変だということがわかっていて変化についていけない。それはよくわかる。
私は来春には慶應大学に行く。決してバラ色の未来が待っている訳ではない。スペースは今より広くはない、研究費が増える訳でもないし給料は安いらしい。授業や実習だってある。何故そんな苦労を買ってまでも行くのかと言われそうだが、これは大きな挑戦なのだ。九大では貴重な人材が流出するのは困るといわれる向きもあるようだが、それは買いかぶりかお世辞だろう。総長や理事が直接慰留に努めたという話は全くない。私はそんなに思い上がってはいない。九大にはここまで育ててもらったことにものすごく感謝している。私のような者にはそううわさされるだけでももったいないことだ。私は他の有名教授のようないわゆるス-パ-スタ-(九大執行部はス-パ-スタ-が好きだなあ)でもないし、政治的にちょこまか動けるほうでもない。これを機会に人材流出を防ぐためにス-パ-スタ-やエース級の教授にはさらに手厚い優遇をという動きもすでにあるようだが私の例を利用して欲しくはない。わたくしは九州大学出身ではないので母校出として期待される立場ではないし圧倒的な業績があるわけでも大型研究費が向こうから来るわけでもない。ただただ頑張らないと努力しないと何も出ない何も残せない凡庸な一介の研究者にすぎない。だから私も背伸びして挑戦し続けないと全く成長できないような気がする。だからこそ新たな飛躍を祈して動くのだ。
今いる院生には東京までついてこいとは言わない。指導教官を変えることは難しいことではない。私と学びたいと言う強い気持ちがあってぜひ連れて行ってくれ、と言うひとだけを連れて行きたい。迷うくらいならついて来ないほうがよいのだ。それが自分のためだし、苦労した割りには、たいして良くなかった、という結果にだってなりかねない。だから無理は言わない。ただ、重要なことはどこで仕事、どこで研究をす るにせよ自分が何をしたいのかをはっきりと思い描くこと。そして未来のために少し、いやかなり背伸びすること。背伸びしないとなかなかひとは成長できな い。若い時は自分では無理と思うくらいの目標を設定するほうがよい。ひたむきさは必ず報われる。それは福岡でも東京でも大阪でもおなじだろう。
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