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危機感のなさを嘆く

by yoshimura1212 last modified 2007-05-21 09:26

毎年うちのラボでは出せるひとは全員学振を出すように勧めている。
たいしたアルバイトがなく学費が大変なPhDもはもちろんだが、MDだって学振があればバイトをせずに研究に専念できる。これまで申請書を丹念にみて書き直しを示唆することでかなりの数の取得者を出してきたと思う。もちろん本人の資質と努力が重要なことは言うまでもないがこれまで無数の申請書を書いてきた私のアドバイスもすこしは役立つはずだ。

例年大学の締め切りは5月の連休明けと非常に早い。連休中に仕上げるために当然連休前に私に渡してもらって休み中にやりとりすることになる。一般的に早く出してじっくりみたひとほど合格率が高い。それはいつも口を酸っぱくしていっている。それに私も自由になる時間は少ない。もし一斉に申請書をもらったら私も全部を一気にはさばけない。それくらいの想像力はないと研究者にはなれないだろう。

また申請書を書くことは自分のこれまでの実験をまとめ、問題点を整理してこれからの実験計画に反映させる非常によい機会でもある。またひとに読んでもらっていかに魅力的に自分の研究を紹介できるか、また審査員に今後の計画の重要性と妥当性を訴えられるかも研究者としての貴重なトレーニングとなるだろう。2007年花見

先生が書いてくれるなどと思ったら大間違いである。今までの私の経験では、まともな申請書を書けない人は独立した研究者としてやっていくことは難しい。今は研究費がとれないと研究は継続できないからだ。貴重な国費は本当に投資に値するひとに投入すべきだろう。

関係はないが写真は今年4月の花見2007年花見

ところが、である。今年は異常にresponseが遅い。いったいどうしたことだろう。
学振の締め切りが迫っているにもかかわらず送ってくるのが遅い、しかも半分も埋まっていないのを平気で送ってくる。そういうのに限ってこちらが返答しても返事がない。おそらく連休で遊んでいるのだろう。休むなとは言わない。予定があるならば連休直前に半分もできていない申請書を送ってくるのはどういうことだろう?誰が残りを埋めるのだろう。

学振申請者だけではない。reviseに3ヶ月以上かかり論文がacceptされない。さらにre-reviseがあり例えばラボから出す私の申請書に間に合わない。論文を通すことは自分のためだけではない。ラボや後輩のためでもある。自分とは関係ないではなく、これまで研究費で自分も恩恵をあずかってきたのだから皆のためにも一日も早く通すよう頑張ろう、という気になって欲しいものである。

とにかく時間との追いかけっこなのに危機感が足りない。短気は研究者にとってプラスとなる資質である(短気で損をしたことはないことはないが)。私の周辺を見渡しても教授は気が短いひとが多い。自然淘汰の結果だと思われる。もちろんのんびり屋でも悪いことはないし大発見も出来る可能性はある。しかし時間がかかればそれだけ自分にとっても周囲にとっても不利になることは十分承知すべきであろう。明日でよいことは明日ではなく今日やってしまったほうが普通はよい結果が得られる。若い時は時間は無限にありそうな気がしても実際には本当に研究に専念できる時間は限られている。私も全力を尽くしているつもりだが、残念ながら他人の危機感のなさは克服できない。

浅田次郎が書いていた。少年老いやすく学成りがたし。そして、後悔先にたたず。