ベルギーとの共同研究がNature Genetics誌にacceptになりました。
谷口君の見事な生化学実験の功績によって投稿からわずか2ヶ月でaccept! Germline loss-of-function mutations in SPRED1 cause a NF1-like phenotype.
“Spred1はNCFC症候群の新たな原因遺伝子である”
Spred(Sprouty-related EVH-1
domain containing protein)は我々のgroupが2001年に発見したもの(Wakioka et al. Nature
412,647-651,
2001)で、Ras/ERK経路の抑制因子として報告した遺伝子である。今回ベルギー、フランス、アメリカとの国際共同研究によって家族性の神経細胞腫(neurofiborosis)様の疾患家系にSpred1遺伝子のloss-of-function型の変異(優性遺伝)が複数見つかった。Spredの詳しい解説はこちらをご覧下さい。
'neuro-cardio-facial-cutaneous' (NCFC)症候群とは表現型が重複する遺伝性疾患の総称で神経線維腫症Type
I(NF1)、ヌーナン症候群、レオパード症候群、心臓-顔面-皮膚(CFC)遺伝性症候群とコステロ症候群を含む。すべて常染色体優性遺伝形質を示す疾患で、いまのところわかっている原因遺伝子はすべてRas-ERK経路のコンポーネント(SOS,
Shp2,
Ras,Rafなどのgain-of-function型)かもしくはその負の制御因子(NF1すなわちRas-GAPのloss-of-function型)である。今回Spred1がこの遺伝子群の仲間に加わったことで、Spredが確かにRas-ERK経路の負の制御因子であることが確認された。また癌抑制遺伝子の候補であることも明らかである。
今回の発見はさらに興味深い多くの謎を提示している。Spred1ノックアウトマウスは顔面の変形、低成長、メラノサイトの異常蓄積などヒトでの変異をよく再現している。しかしこれらはすべてホモ(Spred1-/-)欠損でみられるものでありヘテロ(Spred1+/-)は全く正常である。しかしヒトの家系ではヘテロで発症している。これはどのような違いなのだろうか?当初は変異Spredがdominant-negativeに働く可能性を考えたがそれは谷口君の詳細な検討で否定された。さらにヒトで見つかった5家系も症状はまちまちである。これはSpred以外の疾患感受性遺伝子の存在を疑わせる。一方Spred1-/-マウスは骨随増殖性疾患(myeloproliferative
diseases)を呈する(これも遺伝的背景に依存する)。しかしこれらの家系では何人かに固形腫瘍がみられるものの白血病は報告されていない。これはNF1の変異で小児白血病の頻度が高くなることとは少し違うようである。しかしもしSpred1-/-(ホモ)のヒトがいれば白血病を発症するのかもしれない。
またほとんどの家系では知能障害を伴っている。NF1欠損マウスでも学習障害が認められるのでこの点も興味深い。
我々の検討ではSpred1とSpred2は発現場所も似通っており機能的な相補があると思われる。谷口君の研究によりSpred-1/2はリンパ管が血管から別れるところで重要な働きをしている(Taniguchi
et al.Mol Cell Biol. 2007 Jun;27(12):4541-50Mol Cell Biol.
2007
Jun;27(12):4541-50)。これにはやはり血球も関与しているようである。したがってSpredは造血幹細胞、血管内皮幹細胞でも重要な調節機能を持っていると思われる。今後その解明が待たれる。
当面興味深いのは他のファミリーメンバーの疾患への寄与である。哺乳類ではSproutyは4種類、Spredは3種類存在する。いくつかの癌で発現の低下が報告されつつあるが、いまだ癌でのこれらの遺伝子の変異は報告されていない。今回Spred1に家族性の変異が見つかったことで、癌においてSpred/Sproutyファミリー遺伝子のLOHと変異が探索され発見されることは時間の問題と思われる。また他の遺伝性の疾患においても変異が見つかる可能性もある。
ところでSOS,SHP2もそうだがSpred1やNF1のヘテロ変異によっておこるERKの活性上昇は普通のWesternで検出できるかできないかくらいのきわめて軽微なものである。それがこのような疾患に結びつくのであれば、ERKは相当厳密な調節を受けなければならないのだろう。逆に言えばNCFC疾患の例えば学習障害は僅かな量のERK阻害剤で治療できる可能性がある。もし他の学習障害の多くもERK経路の僅かな過剰に由来するものならば、ほんの少量のERK阻害剤を飲み続けることが知能の向上にプラスになる可能性だってあるかもしれない?!(最後の文は願望であって科学的な根拠に乏しいので世のお母さんがたは決して実行しないように)。